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2012年4月16日月曜日

久しぶりにR3.1でツーリング~神戸の史跡を巡る旅~

ここはどこでしょう?
春のうららかなお天気がとても気持ち良かったのでひさしぶりにクロスバイクでツーリングに行ってきました。
自転車に乗ったのはなんとほぼ一年ぶり。
最近、自転車をメンテナンスしてもらいさらに重かった荷台を軽い純正のものに変えてもらいました。
(前の荷台は頑丈だと評判だったので買ったんですが重すぎて乗る気になれなくなってた)
ジャイアント純正のリアキャリアはアルミで軽くていいです。
自転車は放置しておいてもメンテナンスしてもらえばすぐにまた乗れるのが良いですね。
さて、今回は行ってみたいところもあったのでお花見がてらスタート!
なお、今回カメラを忘れたため携帯で撮った写真(しかもTwitterにうpしたものを使い回し(笑))を特大表示にしているため見苦しいかと思いますがご了承ください。
(久しぶりの記事なのに・・・)

スタートから30分ほどで到着したのは須磨区の妙法寺川
大きな桜が川沿いに咲き誇っており思わず目を奪われました。
さて、そこにあった地図を見てみると何やら近くに須磨離宮公園がある様子。
実は先日、「四季トリコロールカード」なるものを購入したのです。
この900円のカードを買うと「相楽園」「須磨離宮公園」「森林植物園」の年間入場料が無料に!
カードをちらっと見せるだけで入れちゃうんです。
大体、入場料って300円ほどなので三回いけば元が取れちゃいます。
うちの近所に「相楽園」という素晴らしい日本庭園を持つ施設があるんですがそこによく散歩がてら行くので買ってしまいました。
せっかく買ったのでどうせなら、とトリコロールカードで無料となる須磨離宮公園へ。
もみじの滝
須磨離宮公園(Wikipedia より)
本園(面積58ヘクタール)は月見山とよばれる景観地に位置しており、1907年(明治40年)に大谷光瑞別邸を宮内省が買収して1908年(明治41年)に起工し1914年(大正3年)に完成した旧武庫離宮(須磨離宮)である。
庭園は福羽逸人が設計を行った。当時建設された離宮御殿など建造物群の大半は1945年(昭和20年)に戦災で消失した。庭園は可能な限り竣工時の状態に復元整備され今上天皇(当時皇太子)御成婚記念として、1967年(昭和42年)に須磨離宮公園として神戸市に下賜された。
植物園(面積24ヘクタール)は戦前の神戸経済を支えた岡崎財閥の旧岡崎邸の敷地と建物を1973年に神戸市が買収したものである。旧岡崎邸の洋館は阪神大震災により倒壊した。本園と植物園は専用の歩道橋で接続する。
2006年12月、隣接する神戸女子大学とCP(キャンパス・パーク)提携を組み、様々なイベントを行っている。

岡崎財閥といえばよく「華麗なる一族」のモデルと言われることが多い財閥ですね。
須磨離宮公園は思ったよりも広くて和庭園と温室のあたりしか行けなかったんですが、西洋庭園なども素晴らしいようですね。
小さいころ何度か来たような気がします。
そして目的地に到着!
正解は「明石藩舞子台場跡(舞子砲台)」でした
明石藩舞子台場跡(Wikipediaより)
幕末の文久3年(1863年)、将軍徳川家茂による大坂湾の海防状況視察の際に、砲台拡充の幕命を受けた明石城主松平慶憲により築造された。工事は勝海舟の設計・総指揮、設備担当は幕使佐藤與之介、施工は明石藩で、ほか神戸海軍操練所等の協力による。竣工は1865年。
建設の目的は、淡路島北端(淡路市)の徳島藩松帆台場跡(国の史跡)と対になって両岸から明石海峡(瀬戸内海と大阪湾をつなぐ海峡)を通過する黒船を挟撃することであったが、一度も使用されることはなく現在に至っている。

何故ここに来たかったのか?
実は去年放送していたJIN-仁-というドラマで幕末という時代にハマりまして、 しかもその中でも坂本龍馬ではなく勝海舟に惚れこんでしまったんですね。
「氷川清話」「海舟座談」「海舟語録」果ては「夢酔獨言」まで読みました。
(っていうほどあんまり読んでないな・・・(笑))
幸いにも私の住んでいる神戸は彼の史跡がいくつか残っているので少しずつ訪ねていっているのです。
特に家の近所に残っていることが多いのでよく散歩がてら行きます。
勝海舟寓居跡・海軍営の碑(金星台)・海軍操練所跡etc
・・・・で、こちらは勝海舟設計の砲台(正しくは台場跡・砲台型のベンチがあるくらいです(笑))
興味のない人が見れば「ナニコレ?」ですが、勝ファンの私は「ここに勝先生もいたんだ・・・」と思うとそれだけで満足です(笑)
神戸という街はもともと大好きな街ですが勝海舟にハマってからより「神戸に住んでてよかった」と思います。
ここからは明石海峡大橋も見えます(海水浴?してる少年たちが・・・早くないか?;)

続いて参りましたのはこちら 
ここでコンビニで買っていたサンドイッチとおにぎりを食べました
舞子公園(Wikipedia)
垂水区の西側あたりから明石市の東あたり一帯の浜を、古くは舞子の浜と呼び、須磨の浜と並ぶ名所で、江戸時代には旅の休憩所として多くの待合茶屋が存在した。明治時代に入ると明治天皇や有栖川宮がよく訪れ、明治21年に有栖川宮別邸(舞子ビラ)が設けられてからは、政財界人の別邸が近隣に建設されるようになった。現在はその舞子の浜の松林を含む一帯は公園として憩いの場となり、岸壁には釣り人がいる。週末には、明石海峡大橋などを見にくる観光客が数多く訪れる。

近くにある舞子ビラは有栖川宮別邸なんですね。
個人的に有栖川宮威仁親王は日本の皇族が誇る明治一の美男子だと思っており彼が亡くなった場所がこの有栖川宮別邸(舞子ビラ)ってことでちょっと気になっていたんですが、「宿泊施設」「結婚式場」というイメージがあり結局素通り。
HPを見てみると日本料理のお店とお寿司のお店の名前が「有栖川」でちょっと受けました。
勝手に幕末明治美男子ランキング 1位有栖川宮威仁親王 2位東郷平八郎 3位勝海舟
※名前のリンクで各人物のGoogleの画像検索に飛びます。

今、気づいたけどこのランキング全部海軍の人じゃないか(笑)
本音は一位に勝海舟を入れたかったけど一般の理解を考えてこういう順位に(笑)
私が写真を見ていつもニヤニヤするのは勝海舟です(断言)
でも美人さんなのに油断してる写真が多いからか時々あんまり美人じゃないんですよね・・・。
(「てやんでぇ!」って言われそう(笑))
若いころの「どこのええとこのぼっちゃん?(・・・・これでべらんめぇかよ)」みたいな写真も
カメラをにらみつけてニヤリと嗤っているようにも見える写真も(化けもんだ・・・と本能的に思った)
オールバックでガラス玉みたいな黒くて虚ろな瞳の写真にもすべてに「味」があって好きです。
語りだすと止まらないのでこの辺で。

さて、お昼ご飯を食べたら今度は来た道をひたすら戻ります。
舞子から須磨へ
そしてここにも史跡があるのです。
熊谷直実に討たれた16歳の笛の名人として有名な平敦盛の敦盛塚


平敦盛(Wikipedia)
笛の名手であり、祖父平忠盛が鳥羽院より賜った『小枝』(または『青葉』)[1]という笛を譲り受ける。
平家一門として17歳[2]で一ノ谷の戦いに参加。源氏側の奇襲を受け、平氏側が劣勢になると、騎馬で海上の船に逃げようとした敦盛を、敵将を探していた熊谷直実が「敵に後ろを見せるのは卑怯でありましょう、お戻りなされ」と呼び止める。敦盛が取って返すと、直実は敦盛を馬から組み落とし、首を斬ろうと甲を上げると、我が子直家と同じ年頃の美しい若者の顔を見て躊躇する。直実は敦盛を助けようと名を尋ねるが、敦盛は「お前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。すみやかに首を取れ」と答え、直実は涙ながらに敦盛の首を切った[3]。この事から、直実の出家の志が一段と強くなったという発心譚が語られる。「延慶本」や「鎌倉本」では、直実が敦盛の笛(または篳篥)を屋島にいる敦盛の父経盛の元に送り、直実の書状と経盛の返状が交わされる場面が描かれている。


ここは胴塚で首塚は敦盛の笛と共に近くの須磨寺にあります。
隣には敦盛そばが食べられるお店もあります。 帰りは清盛ゆかりの地をめぐって和田岬へ そのとき視界に飛び込んできたものは・・・・!

どーん!(二度見しました)
Twitterでご好評いただいたこちらの像
名を清盛くんと言います。
清盛くんていうよりなんか悪巧みしてるおっさ(ry
(腕を組んでるのがまた良い味だしてます)
地図も何もなくふらふらしていたのですが、ところどころに清盛ゆかりの地を表す地図が立っていたのでそれを見ながら行ってみました。
清盛塚
昔からの言伝えで清盛の墓だと言われていたが大正時代の道路拡張工事に伴う移設の際の調査で墓ではないことが確認され移設された。(解説文より) 
清盛像(清盛くんよりイケてますね、鑑真和上のようにも見える)

琵琶塚
清盛の弟の恒盛の長男恒正(さっきの敦盛の兄)の墓と伝えられてるもの。
清盛塚と同じく大正時代に移設された(解説文より)

そして最後は・・・・・・
平相国廟 我が国唯一、将軍平清盛公墓処
平清盛(Wikipedia)
伊勢平氏の棟梁・平忠盛の長男として生まれ、平氏棟梁となる。保元の乱で後白河天皇の信頼を得て、平治の乱で最終的な勝利者となり、武士としては初めて太政大臣に任ぜられる。娘の徳子を高倉天皇に入内させ「平氏にあらずんば人にあらず」(『平家物語』[1])と言われる時代を築いた(平氏政権)。
平氏の権勢に反発した後白河法皇と対立し、治承三年の政変で法皇を幽閉して徳子の産んだ安徳天皇を擁し政治の実権を握るが、平氏の独裁は貴族・寺社・武士などから大きな反発を受け、源氏による平氏打倒の兵が挙がる中、熱病で没した。

今、大河ドラマで話題の平清盛公のお墓が能福寺というお墓の中にあります。
昔来たことがあったんですが、「そんなの全国にあるんでしょ?」と思ってました。
なんと我が国唯一なんですね!
平清盛、歴史的には悪者に描かれたり、嫌われたりしてるイメージがあるんですが、
(私は好き)Wikipediaでこんな記述を見つけました。

『十訓抄』7-27には、若い頃の清盛について「人がとんでもない不都合な振る舞いをしても、冗談と思うことにした」「やったことがちっともおかしくなくても、相手への労わりとしてにこやかに笑い、とんでもない誤りをしても、役立たずと声を荒らげることはない」「冬の寒い時に身辺に奉仕する幼い従者を自分の衣の裾の方に寝かせ、彼らが朝寝坊をしていたらそっと床から抜け出して存分に寝かせてやった」「最下層の召使いでも、彼の家族や知り合いの見ている前では一人前の人物として扱ったので、その者は大変な面目と感じて心から喜んだ」という逸話が記されている。

『平家物語』においても若い頃に世話になった藤原顕時の息子である葉室行隆が苦境に陥っていることを知り、援助を申し出るなど、義理堅い一面が描かれている。

結構、大河の清盛像に近いのかもしれませんね。

その隣にあるのは兵庫大仏
兵庫大仏(Wikipedia 能福寺の項目より)
1891年(明治24年)に豪商・南条荘兵衛の寄進により大仏が建立された。この大仏は1944年(昭和19年)に金属類回収令で国に供出されるまで日本三大大仏の一つに数えられた。
現在の大仏は1991年(平成3年)に再建されたものである。毘廬舎那仏(光明遍照)像で、像重量約60t、像高11m、蓮台と台座を含めると高さ18mになる巨大な坐像である。1991年5月の開眼法要には、東大寺管長、高徳院貫主が臨席した。

この大仏も金属類回収令の犠牲となったんですね。
他には大倉山にあった伊藤博文像なんかも金属類回収令の犠牲となっています。
(こちらは台座が残っているだけで再建されておらず)
太陽がまるで後光のように見え、何やら有難かったです。
大河の影響か前に来た時よりも人が多かったような気がします。
このほかにも清盛ゆかりの地は神戸にたくさんあります。
清盛だけでなく意外と神戸は歴史な街でもあります。
また神戸の史跡を巡る旅、したいなぁと思っております。
帰ってきてから「和田岬砲台(勝海舟設計)」があることを知りました・・・・(涙)

さて、私が走った総走行距離は「41.47km」
ある方に「もうすぐでマラソンと同じ距離になってましたね」と言われ始めて気づきました。
どうせなら42.195km走ればよかったかな?
翌日の今日、足はなんともないんですが上半身の首回りが少し張っています。
日頃の運動不足が身に沁みますです・・・。
あといつも走っていると二の腕が痛くなるので二の腕対策に良いのかも?
おつかれさまでした!

この日巡った史跡や公園の数々

より大きな地図で 120415ツーリングコース を表示


2011年5月8日日曜日

【新長田】グルメ紀行【和田岬】


昨日は母と2人で新長田と和田岬を冒険してきました。

まず、新長田についた私たちはお腹が空いて居たので食べ物屋さんを探します。
目指すは「そばめし」のお店!
やっぱり本場ですからね~!
案外、良さげなお店が見つからない!
偶然、丸五市場に行く途中に見つけたお店が「ゆき」さん。
たまたま通りかかったときに開店したところでした。

頼んだものは、お店の人気ベスト3
「にくてん」と「そばめし」と「ぼったこ」です!

まずは「にくてん」



ネギとぼっかけがたくさん入っているお好み焼きという感じ。
ネギがシャキシャキでぼっかけがプリプリで・・・初めて食べましたが、うーん!美味しい♪

お次は「そばめし」

この「そばめし」はあっさりめの味付けで出て来て「濃い味付けが好みの場合はテーブルにあるソースを使ってね」というシステム。
まずは、あっさりめのそのままのそばめしを食べます。
はふはふ・・・あふっ・・・うーん、美味しい♪
一緒に行った母は「あっさりめが美味しい♪」と言ってました。
私は「コテコテ」が好きなのであっさりめを堪能したあとはソースと青海苔をたっぷりとかけちゃいます♪
テーブルには味の素も置いてあるのでついついこれも追加
うーん!コッテリも最高~!
好みが違う2人がどちらも満足出来るこういうシステムはいいですね♪

最後は「ぼったこ」

「ぼっかけ」と「たこ」が入っているから「ぼったこ」
プリプリの「たこ」と「ぼっかけ」が美味しい出汁の中に入ってます
明石の玉子焼き風ですね♪
アツアツのお出汁を一口飲みながら食べる玉子焼きは本当にホッとする味で美味しいです!
うーん、幸せ~♪

開店直後にお店に入ったので、最初は私たちしかいなかったんですが食べてる間にドンドンお客さんが入ってきてビックリ!
お客さんがドンドン増えても、手際良く対応していたので凄いと思いました。
お店を出る頃には入り口に行列が・・・!
たまたま入ったお店でしたが、
大人気のお店だったようです・・・
ちなみに残念ながら禁煙のお店ではありませんでしたが、出入り口に近かったからか、お店柄換気が良いからか気になりませんでした~!


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その後、鉄人28号を見てしまむらに行って新長田を後にしました。
せっかく、ここまで来たので引越しが近いこともあり和田岬のニトリへいくことにしました~。
地下鉄海岸線にて和田岬駅へ
ニトリへ行く途中に美味しそう海鮮丼のお店を発見!
う、海鮮丼食べたい・・・
ニトリからの帰りに寄って見ました♪
「中央市場駅前 和田岬店」さんです。
店内の水槽のなかにはサメもいてビックリ!


さて、さっそく海鮮丼です♪

これにお味噌汁がついてなんと480円!
ごはんが酢飯でカイワレがシャキシャキ!
甘めの醤油とわさびが魚と相性が良くて最高~!
お得過ぎます!
お味噌汁も海鮮丼ととてもマッチしてて美味しかったです♪
元町や三ノ宮にあるお店より広かったです。
あ~グルメ運がついていた一日でした♪


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