汗血千里の駒、第三話
背中に血塗れの遺体を背負った男(池田)を見た武士二人組。
不思議に思いながらも通り過ぎるも、やがて土橋の辺にさしかかると目を疑うような光景が広がっています。
麦畑には松井がしたたか頭脳を斬られ息も絶え絶え、水際には血塗れで倒れている男が一人。よく見るとその男は日頃から見知っている剣客山田広衛ではありませんか。
しばし呆然と立ちすくみますが、山田ほどの達人がこれほどあっけなくやられるとは考えられません。
ともかくも急いで先程の「曲者」を追いかけ戻ります。
ようやく先程の「曲者」こと池田に追いつき武士二人はこう問いつめました。
「私たちは長屋と諏訪と申すものです。先程貴方とすれ違ったあとに土橋へ行くと、私の知り合いの山田広衛ともう一人が倒れておりました。そうであれば、貴方が背中に背負っている血塗れの遺体は相手の一人とお見受けいたしますが、一体貴方は何者でこれはどういうことなのでしょう」
池田はハッと思いますが、言ってみるだけ言ってみようと決意した上で思い口を開きます。
「私を不審思うのはもっともですが、私は相手ではまったくありません。背中に背負っている遺体は私の実の弟である中平と申します。
私は御歩行格の池田虎之進と申しますが、先程この少年があわただしく私の元へ参り「弟の中平氏が知らない人とに口論し遂に刃傷沙汰になっています」と知らせに来たためそのまま駆けつけましたが、すでにその勝負は終わっており互いに深手を負って倒れておりました。
おそらく相打ちでしょう。
えっ
ひとまず弟の遺体を引き取りその上で事情を会所(注:土佐藩庁や町内を取り締まる役所)へ届け出るつもりでございました」
それを聞いた武士二人、長屋と諏訪は思わず互いに目配せをします。
池田の言葉は信じられないものではありましたがそうといっても証拠がないのでなんとも言えず躊躇っているとふとあることに気づき再び池田に向き合います。
「「死人に口なし」なので今日のことは後日の調査で明らかになるでしょうが、その前に第一、下士以下の身分の者が変死した場合にはその場で検視を受けるのが我が土佐国の掟ではありませんか。それなのに夜のうちに引き取ってしまおうとはどういうおつもりですか」
そう言われれば池田は何も言えません。
「弟への愛情に目がくらみ、御国の掟を忘れておりました」
そういって頭を深く下げますが、長屋と諏訪は池田を信用することが出来ません。
まぁ、そうだろう
「なら今から我々と一緒に再び土橋へ戻り、夜が明けるのを待って検視を受けましょう」
そう言われれば、池田も逆らうことなど出来ません。
遺体を土橋に戻し夜明けを待って検視を無事に受け、それぞれ無言の帰宅を果たしました。
山田と松井の両家族の哀しみは言うまでもなく。
「山田ほどの剣客を下士などに殺されてしまうとはなんと惜しいことだ」
と一家中が苦々しく思っていると、ふと誰ともなくこう言い始める者が現れました。
「池田こそ、その場に駆けつけ弟の仇を果たした上で何食わぬ顔でぬけぬけと生きながらえているのではないのか」
これに賛同する男がいました。
山田広衛の弟、次郎八です。
兄広衛に負けず劣らずの剣客の次郎八は山田の家で会合を開きます。
血気盛んな若者たちは
「下士の池田などここに呼び出して、手打ちにしてしまえ」
「いや、奴もおめおめと来ないだろう。それよりもこちらから相手の家へ踏み込んで次郎八殿が兄上の仇を討たれよ」
などと不穏な空気が漂います。
一体どうなるのか!?次回を待て!
0 件のコメント:
コメントを投稿